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なぜ、私たちは恋をして生きるのか

「出会い」と「恋愛」の近代日本精神史

なぜ、私たちは恋をして生きるのか

九鬼周造の『「いき」の構造』を手掛かりに、近代日本における恋愛と自己の関係を探る。いま日本を生きる私たちのための恋愛の哲学。

著者 宮野 真生子
ジャンル テキスト
哲学・倫理 > 哲学
教育・文学 > 文学
出版年月日 2014/05/08
ISBN 9784779508134
判型・ページ数 4-6・252ページ
定価 本体2,400円+税
 

目次

 はじめに

第一章 『「いき」の構造』の射程

  1 「恋」と「粋」の対立図式

  2 動的可能性としての自己と他者

  3 なぜ、「いき」なのか

第二章 他者と出会うということ

  1 和辻倫理学における「日常」の事実

  2 「間柄」の外へ

  3 「偶然」と「邂逅」

第三章 「自己」と「欲望」

  1 「恋」の「寂しさ」

  2 「可能性」の選択と「実存」

  3 「同一性」から「必然性」へ
  
第四章 近代日本における「恋愛」の諸相(1)
     ――「超越」を求めて――

  1 問題の所在
     ――厨川白村『近代の恋愛観』と倉田百三『愛と認識の出発』――

  2 「恋愛」という衝撃
     ――巌本善治から北村透谷へ――

  3 「恋愛」の裏側にひそむもの
     ――北村透谷の「自己」と「恋愛」――

第五章 近代日本における「恋愛」の諸相(2)
     ――「自己」という桎梏――

  1 近代化と自己

  2 岩野泡鳴における「自己」と「恋愛」
     ――自己を喰う自己と恋愛の刹那――

  3 有島武郎における「自己」と「恋愛」
     ――奪う愛の行方――

終章 他者への慈しみとは

  1 『「いき」の構造』ふたたび

  2 「愛」が可能であるとすれば

       *

 注

 あとがき

 事項索引

 人名索引

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内容説明

いま日本を生きる私たちのための恋愛の哲学

九鬼周造の『「いき」の構造』を手掛かりに、近代日本における恋愛と自己の関係を探り、「恋」と「いき」の対比の先に、人を愛することの本質をあぶり出す。いま日本を生きる私たちのための恋愛の哲学。

【著者紹介】 
宮野真生子(みやの・まきこ)
1977年 大阪府に生まれ、その後和歌山県で育つ。 2000年 京都大学文学部文学科卒業。 2007年 京都大学大学院文学研究科博士課程(後期)単位取得満期退学。 現 在 福岡大学人文学部准教授。(日本哲学史専攻) 著訳書 『「おのずから」と「みずから」のあわい』〔共著〕(東京大学出版会、2010年)、『技術と身体』〔共著〕(ミネルヴァ書房、2006年)、「死と実存協同――無常を超えて偶然を生きる」(『倫理学年報』第62集、2013年)、「九鬼周造の存在論理学」(『西日本哲学年報』第19号、2011年、西日本哲学会若手奨励賞受賞)、「「倫理」としての「偶然性」」(『理想』第685号、2010年)、「個体性と邂逅の倫理――田辺元・九鬼周造往復書簡から見えるもの」(『倫理学年報』第55集、2006年、日本倫理学会和辻賞受賞)、他。

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