心理学の書籍を読んでいると,時に「差異心理学」という用語に出会うことがあります。文字通り,性差や文化差など,それぞれの人の間の違いや,個人内での特性の差などに焦点をあてた諸研究のことです。個人差の心理学といってもよいでしょう。現在では領域名称としてはあまり利用されていませんが,本書第5章のような,人格やパーソナリティ心理学を中心に,さまざまな領域に広がって関係しているものです。
心理学の多くの領域では,差をひとつの重要な指標として研究を進めています。これは皆さんが,誰か他の人,そして自分自身を把握しようとする時の考え方と同じです。Aさんを「かなり背が高くて,ユーモアにあふれた人」と把握しているとしましょう。これをもっと正確に表現すると,Aさんは,他の多くの人"よりも"かなり背が高くて,他の多くの人"よりも"ユーモアにあふれているということです。つまり,他の人たちと比べているという点で,「差」に注目していることがわかると思います。
自分自身を把握する時も同じように考えると思います。私は,「背が低くて,足が速い」という認識を持っているとすれば,それをより正確に表現すると,私は,他の多くの人"よりも"背が低くて,他の多くの人"よりも"足が速いと考えていることになります。ところが,特に自分自身を把握する時には,さらに複雑な問題が出てきます。たとえば,私は「鉄棒が下手だけど上手」などということが起きるのです。これはどういうことなのかわかるでしょうか。
この文章の冒頭で,2種類の差について紹介していることを見直してみてください。
差については,他者と比べた時の差と自分の内部で比べた時の差の2つがあります。つまり,私は「鉄棒が下手だけど上手」というのは,私は「他の人"よりも"鉄棒は下手であるけれども,自分の中では跳び箱などの他の運動"よりも"上手にできる」ということになるのです。
最近は,さまざまな場面で「個性」という言葉が使われています。それにつられてなのかどうかはよくわかりませんが,人よりも優れている点,劣っている点という視点から自分をとらえる人も多いような気がします。しかしこのような観点だけでは,狭い視野で人を見るという態度に陥ってしまいます。人を把握するために差に注目するのは大事なことですが,2種類の差の両方に注目しておかないと,見落としてしまうことも多くなります。