教科書は,学生にとっての学びやすさと,教員にとっての教えやすさのバランスの上に作成されることはいうまでもありません。学生の学びやすさのためには,図表の多用やイラストの挿入,興味深いテーマのコラム設定,多すぎない文章量などが近年の教科書では導入されています。また教えやすさという観点からは,半期,十数回の授業時間という制限に応じた内容設定や章だてがよく利用されているようです。これらの工夫はよい教科書を作る一つの方向性だとは思いますが,本書ではまったく違った方向性を採用しました。
内容の分量的には通年(半期2回)分程度を念頭におき,学生が主体的に読むことで理解できるようなものを目指しました。手にとっていただければ,かなり厚い書であることが実感していただけると思います。企画当初から厚めの本に仕上げるという意図がありましたが,それは過度に内容を制限したり,説明不足にならないようにという考えからです。また,図表や本文挿入のコラムが比較的少ないという点にも気づかれるのではないでしょうか。先にも述べさせていただいたように,学生に読んでほしいという希望がありましたので,読むという行為を中断,分断させてしまうようなものは極力排除する方向で構成しております。
そのため本書をご利用の場合には,各種視聴覚資料やワークシートなどを別にご準備いただく必要があるかもしれません。そのようなご担当の先生の色づけによって,授業はさらに魅力的なものになっていくと考えております。本書はそのような色づけを邪魔することのない,プレーンなものを目指したものです。
本書は,さまざまな心理学の基本的知見を,認知,教授学習,発達,パーソナリティ(個人差),社会,臨床の6つに集約しています。一般に教科書作成においては,編者の方から担当部分が依頼され,その部分に執筆者が必要と判断したものについて盛り込んでいくというプロセスをとることが多いのではないでしょうか。本書ではこのようなプロセスを採用せず,執筆者それぞれが自身の担当部分にこだわらず心理学の入門書に必要と思われる内容を提出し,それらを全体的視点から検討し構成を行うという,手間のかかる方法を採用しました。このプロセスにおいて,専門科目において講義されるような発展的内容や新しい知見はあえて避け,古い知見といえどもその後の研究の基盤となっているものついては採用していく方向で取捨選択を行いました。そのため本書をご覧いただくと,「新しい知見が入っていない」とお感じになるかもしれませんが,それは入門用教科書としての特徴を明確にしたためでもあります。
また第1章では構成概念や科学論,第9章では研究法を簡単に紹介しており,個別の心理学的知見の紹介にとどまらず,心理学という学問の特徴についても学びが深められることを意図しております。さらに心理学史にもひとつの章をあてました。このような部分を積極的にご利用いただくことは,心理学の体系的理解に役立つことと考えています。
もちろん,本書が所期の目的を充分に達していると考えているわけではありません。まだまだ改善や工夫の余地は多く残されていると考えております。各所からの,忌憚のないご批判やご意見をいただけますようお願いする次第です。